シャーマニズムは、特別な儀式の時間だけに存在するものではありません。目に見えない世界へ行き、日常へ戻ってくる。その往復を繰り返すだけでもないのです。

私が考えるシャーマニズムは、魂、心、身体をひとつにし、現実の中で生きるための技術です。自分の内側にある分離へ気づき、祈りと愛を日常へ通わせていく。その実践を担う人を育てることが、シャーマンオーディション144というプロジェクトの中心にあります。

内側のエラープログラムを観察する

私たちの意識には、自我、マインドの罠、まだ終わっていないカルマ、分離感、違和感、ネガティブな偏りがあります。私はそれらを総称して「エラープログラム」と呼んでいます。

大切なのは、それを敵として排除することではありません。まず、自分が何を観測しているのかを見ることです。どこに違和感があるのか。何に意識が引っかかるのか。どのような現象を繰り返し創造しているのか。

対象と自分の内側に同時に意識を向け、魂の中心へ戻っていく。そこに集中力を重ねることで、これまで無意識に動いていたプログラムを観察し直せるようになります。私にとってエネルギーワークとは、この内的な調律を丁寧に行うことです。

別世界へ行くのではなく、分離をなくす

霊的な体験をしたあとで、「現実世界へ引き戻された」と感じることがあります。精神的な探究とお金の問題、祈りと仕事、見えない世界と肉体を持つ暮らしが、別々のものに見えることもあります。

しかし、その分離そのものが、内面の状態を映しているのだと私は考えています。

本来、地球で肉体を持って生きることと、霊的な世界に触れることは切り離されていません。旅をしながら祈り、働きながら整え、一歩ごとに土地や人との調和をつくる。シャーマニズムは、日常から逃れるためではなく、日常の中に魂の感覚を取り戻すためにあります。

24時間、空になり、祈り、愛と共鳴する

シャーマンの訓練を、私は次のように表現しています。

24時間、空になりながら生きる。
24時間、祈りながら生きる。
24時間、愛と共鳴しながら生きる。

これは緊張し続けるという意味ではありません。いつでも自分を整えられるようにすることです。

何かを話す前、何かを始める前に、まず内側で魂へ意識を合わせる。頭だけで答えを組み立てるのではなく、ひらめきが生まれる余白をつくる。自我やマインドが前に出たと気づいたら、もう一度、中心へ戻る。

祈りは、特別な言葉を唱える時間だけにあるのではありません。歩くことも、言葉を発することも、誰かに触れることも、意識の置き方によって祈りになります。

明るいシャーマニズム

儀式の場では、身体の強い反応や、感情に結びついた気づきが現れることがあります。けれども、深刻さだけが霊性ではありません。

私たちは、スピリットたちと一緒に笑いながら進む「明るいシャーマニズム」を大切にしています。神がかりを、恐ろしさや権威としてではなく、喜びのあるエンターテインメントとして開いていく。それは、日本から生まれる新しいシャーマニズムの姿にもなり得ると思っています。

苦しさを無理に美化するのではなく、そこから何を受け取ったのかを確かめる。魂の喜びを選び直し、次に起こる物語を楽しむ。地球を、学びと創造のゲームのように生きる。その軽やかさも、私にとって大切な実践です。

なぜ「144人」なのか

144は、12掛ける12の数です。

いまは、ひとつの声だけで歌っているような段階かもしれません。けれども、そこへギターが入り、太鼓が入り、それぞれ異なる才能と振動を持った人たちが加われば、世界はひとつの合奏になっていきます。

144人が集まることは、単に定員へ到達することではありません。それぞれが自分の天才性を認識し、肯定し、鍛え、実践し、発見したものを他者へ手渡せるようになること。その強いバイブレーションが結集したとき、地球にどのような変化が起きるのかを、私たちは見ようとしています。

人の入れ替わりを急いで管理するのではなく、参加できない時期があれば、また戻ってくればいい。歩く速度はそれぞれで構いません。最後まで自分の実践を続けるかどうかが大切です。

思い出すことから始まる

シャーマンオーディション144は、誰かをふるい落とすための競争ではありません。

自分は何を知っていたのか。どのような才能を持ってきたのか。魂が本当に喜ぶのは何なのか。それを思い出し、育て、現実の中で使えるかたちにしていくためのプロジェクトです。

特別な世界の住人になる必要はありません。まず、自分の内側を観察する。魂、心、身体を整える。祈りを日常へ戻す。そして、一人ひとりの歩みを地球全体の調和へつないでいく。

144人のシャーマンが目覚めるという神の計画を、私はそのような実践として受け取っています。

この文章は、Stand.fmで配信した研修音声の内容をもとに、読みやすい記事として再構成したものです。語られている霊性や身体感覚は、私自身の実践と世界観に基づく表現です。

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